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a box of chocolates

You never know what you're gonna get.

ぶらり阪急石橋2016

先日、所用があり母校である大阪大学へと行ってきた。10数年ぶりの訪問だ。

大阪大学は、豊中と吹田と箕面にキャンパスがある(在学中は箕面にはなかった)。今回訪れたのは、教養課程と劇団(大学の演劇部)での活動の思い出がある豊中キャンパス。

平日の昼間のキャンパスは、授業のため教室に入っている学生が多いのか、人通りは少なかった。

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緑が多く、道幅がゆったりとしていて、駐輪されている自転車の数が多い、典型的な大学のキャンパスだった。ポロシャツにジーンズという格好だったので、なんとなく自分も大学生に戻ったかのような錯覚をいだきそうになるが、すれ違う学生たちの顔立ちや肌の質感は40近くになる自分とは当たり前だが違っていて、否が応でも自分が年齢を重ねていることを意識させられた。

劇団の稽古でよく利用していたピロティの前を通りかかる。

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授業が終わった夕方、この空間で柔軟体操をして、軽くジョギングをし、近くの貯水池に向かって発声練習をするのが常だった。ピロティは、自分の思い出よりもひと回り小さく、あれこんなものだったかと記憶とのギャップを感じた。ピロティの隅には「授業の妨げになるので、大きな声をだしたり、楽器の演奏をしないように」との注意の看板が立っていた。

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ピロティの前にあった池は、少し埋め立てられ、ガラス張りの食堂がある学生向けの建物が建てられていた。発声練習をするときに見ていたあの景色はもう見られないんだなと思うと、少しさみしくなった。

阪大坂を降りて、阪急石橋駅へと向かう。

坂の下には学生向けの飲食店がいくつもあって、授業帰りや稽古のあとによくたむろしていた。愛用していたお店がまだあるかなと思って見てみたが、ほとんどのお店がなくなっていた。

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今はスナックになってしまっているが、ここには昔「道場」という居酒屋があった。「道場」自体はチェーン店で大阪を中心にいくつか店舗があるようだ。少し調べてみたところ、石橋のお店は2000年前後に閉店してしまったらしい。在学中だったけれど、生活の拠点が吹田キャンパスになっていたから気が付かなかったようだ。

この「道場」は、いかにも学生向けの居酒屋という趣きで、店内にはちょっとHなオブジェが並べられていたり、メニューに「いってしまった」というウインナーとおにぎりを男性器に見立て、ウインナーの先からマヨネーズがトッピングされているというとんでもない料理があった。今でも十三本店には裏メニューとして残っているらしい。あとミノをさっぱりとポン酢で和えている「みのもんた」というメニューも定番で、よく頼んでいた。

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少しだけ遠回りして、東改札口を通り過ぎ、石橋の商店街を抜け西改札口を目指して歩く。改札前の飲食店は大きく入れ替わっていたが、一本入るだけで懐かしの光景が広がっていた。驚いたのは、まだ書店が残っていたこと。書店が苦しいと言われているこの時代に、以前と同じ佇まいで商売をされていた。少しだけ鼻を突く、駅の路地裏にありがちな独特の匂いもそのままだった。

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線路脇にある餃子の王将。そういえば買ったばかりのadidasのジャケットを、ここの王将の排水口に落としてしまい、油でギトギトになってしまったのを思い出した。あれはだいぶ悲しい体験だった。

悲しみの王将を通り過ぎ、商店街へと足を進める。

TUTAYAマクドナルドなど、当時の光景がそのまま残っている部分も多かったが、それ以上に目についたのが、魅力的な路地の数々だった。路地の奥には、雰囲気のある居酒屋、立ち飲み屋があったり、謎のお社があったり、唐突に行き止まりだったり。高校を卒業したばかりで、かなり保守的だった若かりし日の自分の目には飛び込んでこなかった光景。

経験を重ね、少しだけ大人になった目で見る思い出の場所探訪は、懐かしさと新しい発見の入り交じるとてもおもしろい体験だった。